人口減少など下り坂日本の決断する勇気が試されている

人口統計だけ見ると、この国の未来は非常に暗い、と言わざるを得ない。もちろん、一部の(東証一部上場企業など勤務の)人にとっては、まったく関係ないと思われるかもしれないが、その人たちはいきなり足場が崩れる覚悟をしておいたほうがいい。無理だろうけど。
これは、市民が知識を軽視した結果ではないだろうか。この場合の知識とは、資格試験や大学入試など、犬になるための知識である。
ちなみに本エントリは、NHKスペシャルの「人口減少の衝撃〜」とかいうのを見て書いた。NHKにリンクすると変なアクセスがあるので貼らない。マイナビにも記事があったが、これも消えそうなので貼らない。


撤退戦とか、言っちゃって時点でまだ余裕がある

わが地方も、超高齢化(老人:若者=1:2ほど)になっているが、老人の元気のよさがすごい。たくましいというか。バイトが終わって夜遅くにバスに乗って帰るのだが、酒臭い老人集団が、老齢パスでタダ乗りしている。座る席ねえ。朝からは散歩している爺さんばあさんで道がごった返している。散歩教である。
しかし、10年後、20年後、ここまで元気な老人はごく一部だろう。これは確実にわかる未来だ。その事実から目を背けてはならない。特に悲観するわけではないが、対策するなら早いほうがいい。
しかし、ぬるま湯の地方公務員にそれができるわけがない。これは仕方の無いことだ。給与がたっぷりあるのに危機感をもって対策をしろと言うのは、お菓子の家に住んでいる人に、近所の糖分不足を心配しろと言っているようなものだ。
だから、テレビで見た、危機的な状況を心配する公務員の顔も、どこか他人事のように淡々とこなしているように見えた。
撤退戦などと言える様な、深刻な顔には見えない。いかに犠牲を減らすか考えるリーダーならば、もっと深刻で、擦り切れた顔になるはずだ。みんな上の空のような顔をしている。先生に怒られながら今日の夕食のことを考えている小学生の顔である。これなら地方の零細プログラマーのほうがずっといい顔をしている。
まだまだ保身しか考えていない。いや、案外、本当の戦(いくさ)も、保身しか考えていない将が多かったのかもしれないが。
まずは、公務員の意識変革か、主要人員の総入れ替えを行なわなければ、戦えるものも戦えなくなる。給与も全体で20パーセントカットくらいしないときついのでは。
ともかく、まだまだ戦と呼ぶには程遠いように思えた。


資格試験とか目指しても

財政破綻で有名な夕張市の高校生に対して、特別予算を組んで資格試験を目指す、という放送が流れたが、もはやギャグにしか見えない。
資格なんぞ取得しても、東京に人が流れるだけだろう。教えるのは自分たちの地方の魅力であり、親切であるべきだ。それこそが、若者の活力になり、地方の力となり、国の力になるのだ。それができないのなら、あきらめるほうがいい。潔く散れ。
もちろん、将来の独立のために体系的に知識を得るなら、それでいいかもしれないが、就職しやすくなるから、とか安定した職業のため、といっている人たちは、重要な教育を受け損なっている可能性がある。
すなわち、生きるための知識である。資格はぶら下がるための知識であり、衰退している国で資格をとっても、意味が無い。これまでは成長している国だったから意味があったのだ。これからは、あまり意味が無い。


老人が徒手空拳で頑張っても

ただ、地方の魅力だといって、老人が何の武器も無くギャーギャー騒ぐのはどうだろうと思う。突発的にイベントをやって、まったく継続できていない。若者が振り回されている現状である。
残念ながら、地方再生には、若い頃に勉学をサボっていた老人に出る幕は無い。少しでもまともに余生をまっとうしたいのなら、大人しく家の縁側で碁でも打っているべきだと思う。むしろ、そういう人に人徳が集まって、悪あがきする老人より周囲にいい影響が出るのではないのだろうか。
探偵で言うと、安楽椅子探偵である。たとえがわかりにくくてすみません。ともかく老人はもっとどっしりと構えるべきである。その場限りの考えで軽率に動いてはならない。


地方撤退の勇気

人口減少の激しい地方はどうするべきか。僕は自然に還すべきだと思う。幸いなことに、日本は島国である。外からの脅威は入ってきにくい。変なやからが一時的に住み着くことはあっても、外国勢にのまれることはないだろう。
人間が繁栄するより、自然に還すほうが、潔い。僕の故郷も、全部森になってもかまわない。思い出の地はすでに工場や倉庫・コピペみたいな住宅*1になっている。森になったほうがどれだけマシかわからない。
むしろ、歳を取って、自然に還った故郷を見て、芭蕉のように句を読みたい。つわものなんぞいなかったが。


コンパクトシティ

衰退はこれから加速するかどうか。僕たちにはまだ余力がある。コンパクトシティを目指すにはよい時期である。知らない人は、ご自分でどうぞ:
コンパクトシティ - Google 検索
問題点もたくさんあるが、ここは予算を大胆に使って、決断するときである。10年分前借するくらいの気持ちでやるべきである。
僕のコンパクトシティの理想はシンガポールの大衆食堂である。これも知らない人は以下からご自分でどうぞ:
シンガポール 大衆食堂 - Google 検索
簡単に言うと、フードコートである。これを低層に組み込んだマンションを建てれば、だいたいよいと思う。病院や介護施設を組み込むのは、将来の人工推移を考えると得策とは言えない。もちろん、間取りにもよるかもしれないが、客が減ったとき、他の商売に使えるような間取りにしておかねばならない。
その点、フードコートは優秀である。年寄りにはうどんを出して、若者にはから揚げを出しておけばだいたい問題ない。僕はうどんを食うだろうが。
もっとも、日本人は料理を自分で作るのが好きだから(偏見?)、八百屋とかが入っていてもいいと思う。これはフードコートの構造から柔軟に対応できる。
問題は、この予算をうまくひねり出せるかである。市民の意見を聞いていたらあっという間に10年なんぞたってしまうから、ある程度独断でいくべきだと思う。重要なのは、自分の給与どころか、役人全体の給与もカットしてでも、予算をひねり出せる勇気があるかどうかである。少なくとも、現状のように必要性の低い道路工事をだらだらと続けるよりは、予算も人も有効に使える。


重要なのは、覚悟

これから、われわれ大人たちの覚悟がためされる。大人のくくりには、役人だけでなく、会社員やニートも含まれる。むしろ、何も縛りが無いニートが鍵になるかもしれない。何もしていなかったといわずに、力をためていたといえばどうにかなる。
ニートにも頼らざるをえないほど、地方は貧窮するだろう。
それほど、若いというのは重要なのだ。体が動かないようになってからでは遅い。つまり、半分体が痛んでいる僕は、少し遅い。だから、ちょっと多めに書いてみた。これを読んで誰かが感銘を受けてくれればよい。もちろん、その後の行動も含めて。


参考に
重要なのは、幅広い知識と柔軟な精神である。以下、たぶん参考になる本:
ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる

禅が教えるビジネス思考法 (日経ビジネス人文庫)

老いる東京、甦る地方 (PHPビジネス新書)

地域再生の失敗学 (光文社新書)

おくのほそ道―現代語訳/曽良随行日記付き (角川ソフィア文庫)

*1:おもに住宅メーカーが建てた、テンプレのような住宅のこと。これからコピペ住宅と呼ぶ。